時には、遠回りをしてみませんか

日々の暮らしの中で、私たちは無意識のうちに「最短距離」を探してしまっていることがあります。


先日、教室で生徒さんの筆運びを見ているときに、ある心の動きに気づきました。それは、今書いている線の途中で、すでに意識が「次の線」へと向かってしまっていたこと。心が先走ると、筆先はどうしても近道を選ぼうとします。角を急いで曲がったり、次の線へ向かうために軌跡をショートカットしたり。そうして生まれた「近道の線」は、どこか味わいがなく、見る人にせっかちな印象を与えてしまいます。


私自身も、ふとした瞬間にこの「近道の罠」に陥ることがあります。早く形を整えたい、上手く見せたいという焦りが、線を単調なものにしてしまいます。


「早く」という焦りをぐっと我慢をして、「遠回り」することを意識してみると、線は一気に変わります。「遠回りの線」とは、決して無駄な動きをすることではありません。次の線へ向かう瞬間のわずかな「溜め」、紙の抵抗をじっくりと筆に感じさせる「含み」、そして空中で筆が描く円弧の豊かさ。目的地へ急がず、あえてゆったりと軌跡を描くことで、線が立体的な厚みを持ち、墨色が豊かな表情を見せてくれます。このゆとりこそが、書における「味わい」の正体なのかもしれません。


これは、書道に限った話ではありません。効率を追い求めれば、目的地には早く着くかもしれません。けれど、その道中、道の脇に咲いている可憐な花や、沈む夕日が染める美しい空の色に気づくことができないかもしれません。人生においても、無駄だと思えるような寄り道や、じっと立ち止まって考える時間が、その人の人間としての「深み」を作っていくように思うのです。


私が主宰する柚墨庵は、「余白」を大切にしている書道教室です。ただお手本通りに書くだけではなく、ゆったりしたスペースで、季節の移り変わりを感じながら、一画一画を急がず、楽しみながら筆を持つ。そのゆるりとした時間の積み重ねが、誰にも真似できない、自分だけの奥行きのある線へとつながり、気持ちを穏やかに整えてくれます。


もし、自分の書く線にどこか物足りなさを感じたら、少しだけ「遠回り」を意識してみてください。 今、書いているその線に、ただただ集中してみる。その不器用なほどの実直さが、あなたの線に言葉にできないほどの味わいを添えてくれるはずです。

柚墨庵 Yubokuan

字を書くことが好きになる。 自分で書く字を好きになる。 ふだんの暮らしを、書のある暮らしに。 杉並の小さな隠れ家で 書のレッスンをはじめてみませんか。